地域包括ケア最前線

住民主体で動き出した ケアのまちづくり「幸手モデル」

  • No.32017年5月24日発行

「生活モデル」の医療への気づき

中野さんが「幸手モデル」を考えた背景には、地域へのこだわりがある。生まれ育ったのは越谷市。幸手市と同様、医師数の少ない埼玉県でも特に少ない地域だ。

「基本的にはずっと東武線沿線暮らしです。埼玉県東部の医療格差を何とかしたい、という思いは常にありました。埼玉県の医療は東京に依存しています。しかし、年を取ると東京の病院へは通えなくなる。そうなると受け皿がもともと少ないこの地域では、医療における需要と供給のアンバランスがますます深刻になってくる。おまけに医療と介護の連携もない。それが高齢化の進むこれからの、大きな課題だと考えていました」  もうひとつの背景は、糖尿病医としてずっと感じてきた医療の根本的な問題である。

「病院に来る患者さんには『普段の生活』があり、その中で『栄養の問題』や『基礎疾患』を抱えている。そして、例えば『肺炎』になって病院に来ますが、病院では『肺炎』だけを治して帰ってもらう。すると根本の原因は改善されず、また『肺炎』になって病院に戻ってくるわけです。こういう負のサイクルをどうするのか。それには病院で患者を診るのではなく、地域をひとつの医療機関と見立て、地域で地域の住民を診る、というシステムをつくらないといけないと思ったんです」

中野さんは、社会学者の猪飼周平さんとの出会いで、それまで自分が追い求めてきたのが、猪飼さんの言う「生活モデル」の医療だったことに気がついた。

医学生や研修生時代にも、それを伺わせるエピソードがある。何度か参加した災害ボランティアで、「災害で生活は一変する」ことを学び、保健実習で保健師の個別訪問に同行して、「生活に根づいた医療のあり方」を感じた。血液内科から糖尿病内科に移った研修医時代、初めて参加した糖尿病学会で、分子生物学者の春日雅人氏の講演を聞き、「研究のための研究ではなく、人類のために役立つことを示すべき」という言葉に感動した。糖尿病にチーム医療や地域医療の可能性を感じ、教授の許可も取らずに保健センターに「ヘルスプロモーションを一緒にやりましょう」と電話し、役所を大あわてさせたこともある。

地域包括ケアシステム「幸手モデル」の主な取り組み

在宅医療連携拠点 菜のはな
幸手市・北葛北部医師会からの委託により運営している。地域包括ケアの医療側の窓口として、在宅医療介護連携を推進。幸手市・杉戸町ならではの支援体制をつくり、地域の高齢化問題に取り組む。
暮らしの保健室 菜のはな
町内会やサロン、コミュニティカフェなど、人々が集う場所に研修医や看護師が出向き、住民と近い距離で健康について学んだり、在宅医療・介護の相談をしたりする場。「暮らしの中にある保健室」として、活動を拡げている。
ケアカフェさって
医療介護連携や多職種協働へ向けた教育を目的とした定期開催のワークショップ。顔の見える関係作りだけでなく、技術移転やケアの統合のための学習や意見交換も行う。
しあわせすぎ
地域で活躍するインフォーマルサービスの担い手たち「コミュニティデザイナー」を育成、ネットワーク化し、情報提供や技術移転など、後方支援のための事業を提供する。
みんなのカンファ 菜のはな
暮らしの保健室を運営している方や、コミュニティデザイナーが集まって、地域で困っている方々の情報を共有し、必要な支援に結びつける会。専門職も一緒になって、みんなで検討する。
健康生活アセスメント調査
暮らしの保健室やサロンなど、人の集まりに参加しない高齢者を対象とし、健康と生活の両面から目に見えないリスクを包括的にアセスメントし、必要な支援(フォロー)へとつなぐことを目的としている。
住民主催の地域ケア会議
暮らしの保健室や健康生活アセスメント調査などで、“支援が必要(要フォロー)”と判断された方や、自治会や民生委員など住民が関わっている要フォロー者を、医師会や地域包括支援センター、行政と連携しながら、必要な支援へとつなぐためのコーディネートを行う。