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デンマーク・ケアビジネス 視察ツアー報告(1)

  • No.32017年5月24日発行

前号で、オーフス市の幹部が来日した際の講演についてお伝えしました。その時に紹介されたのが、オーフス市の主催で行われるCareWareという介護福祉機器/サービスの展示イベント。そのイベントに参加するために、4月2日から8日まで、デンマーク視察ツアーに参加してきました。その模様を今回と次回の2回にわたって報告いたします。

オーフス市主催の CareWareとは

CareWareはオーフス市が2015年から毎年行っているイベントで、年々有名になってきています。介護事業者にとってのよりよい環境、また、身体・認知のリハビリテーションの新たな技術やサービスなどが展示されます。オーフス市は、介護領域や生活介助における将来のテクノロジーやサービスを、デンマーク国内だけでなく、ヨーロッパ全体に供給することを目指しており、CareWareはその一環として開催されています。高齢者施設や福祉施設の介護従事者、慢性疾患に関わる医療関係者、テクノロジーに興味のある事業者、あるいは新たな機器の活用を推進する教育機関の関係者などを対象としたイベントです。

Vikærgården(ヴィカーガーデン)

展示イベントといっても日本の展示会などとは異なり、展示したものを見てまわるというより、製品・サービスの提供企業からプレゼンテーションを受けるというスタイルとなっています。2日間の開催ですが、4会場同時開催となっているので、2つの会場しか見てまわることができません。各会場で1時間に4社、終日プレゼンテーションと質疑応答があり、休憩やキーノートスピーチもあります。2日間で16社のプレゼンを体験することができます。

4つのエリアに分かれて、それぞれテーマが設定されていますが、それほどテーマにこだわらずに展示されているような状況がありました。私たちは、初日は遠隔アセスメントと遠隔リハビリテーション、2日目は屋内外のリハビリテーションという2つのテーマの会場をまわることにしました。CareWareは、実際に患者が出入りしているリハビリテーションセンターやリハビリテーション病院が会場となって行われます。

ところで、デンマークでは患者のことを、”citizen“、つまり市民と呼びます。患者ではなく”普通の生活者“なのです。

在宅ケアを推進する デンマークの考え方

初日の会場は、前回も紹介しましたVikærgårdenでした。そこは、前回介護施設とお伝えしましたが、介護施設というよりも病院から在宅生活に向けて訓練する日本のリハビリテーション病院と地域連携病院を兼ねたような施設です。

日本と同様、高齢化の進むデンマークでは、病院での入院期間をできるだけ短くし、在宅でケアをすることを国全体で進めています。デンマークの病院の平均在院日数は、2007年では3.5日となっています。現地で聞いた話だと、今ではもっと短縮されているかもしれません。例えば高齢者が大腿部骨折をして手術しても2日で退院となるようです。病院から送られてきた市民は、在宅で生活できるようになるまで、リハビリテーションセンターでリハビリを受けます。リハビリテーションを行いながら、在宅で暮らすための適切な福祉機器の選択もし、また反対に福祉機器の実用性を試すための評価も同時に行います。

天井にはリフトが前後左右に動くように設置されています 

最初のキーノートスピーチでは、オーデンセ大学病院の高齢医療専門の医師が、遠隔診療に関するスピーチを行いました。日本でも遠隔診療が話題になっていますが、この国では遠隔診療・遠隔リハビリはすでに常識となっています。デンマークは基本的にかかりつけ医制度の国ですから、日本のように病院に日常的に行くという習慣がありません。いわゆるTEL MEDICINと言われるIT技術によって、在宅の市民とかかりつけ医や専門医、療法士、そして家族や仲間が繋がることを目指しています。そのベースには、本人も家族も医師も、診療に関わる人それぞれがハッピーに暮らせるようにという考え方があるのです。市民がわざわざ病院に出かけなくても済むように、そして医師が往診をしなくても済むように、遠隔診療で済ませることができるものは遠隔診療で済ませる(施設で施される医療でも医師はできるだけTEL MEDICINを活用する)、それがデンマークの考え方のようです。

そして、そこから得られるデータでリハビリの評価を行い、日々の記録を残し、また、そのデータを活かしたプログラムを提供する。これを日常的に実行しようとしているのがデンマークではないかと思いました。

四隅からお湯が出る自動洗浄シャワー。上部には暖房パネルがあり暖かさもキープ。下半身は、別のノズルが出て洗浄します。カーテンを閉め、介護する側はスイッチを押すだけ。シャワーブースの上部にはリフトが入るように溝が作られています

スイッチパネル

評価の見える化による 先進介護機器

デンマークの介護機器の重要なミッションは、残された身体機能をサポートして、できるだけ自立した生活を支えるということです。人間の根本的な生活(人らしく生きること)をどうサポートするかということが課題です。例えば、介護される人の住む住宅にリフトが設営されているのは当たり前。転倒防止のためでもあり、介護する側が一人でも介護しやすいように、介護される側もできるだけ自立できるようにという考え方に基づいているのです。住宅には、梁に合わせてリフトが設置され、それを使って移動することができます。

今回、新製品のシャワーブースを見ましたが、利用者が自分でシャワーブースに入ると自動的に四隅からお湯が出てきて、下半身もきちんと洗ってくれるようになっています。これまで、介護する側が洗っていたものが自動で洗うことができ、介護の負担軽減だけでなく個人の尊厳も護られるようになっています。このシャワーブースへもリフトで移動できるように、上部にリフト用の溝が作られていました。

とても興味深い機器やサービスの展示がたくさんあり、ここでは少ししか紹介できないのが残念です。初日に見た中でもう一つだけ紹介します。VRを使ったリハビリテーション機器です。VRは日本でもよく知られるようになってきましたが、デンマークではまず、おもしろくリハビリテーションができるというコンセプトをもってユーザーに使わせる。そして、その評価データを数値などによって見える化する。新しい技術を使った製品の作りっぱなしではなく、評価を見える化するというところは、医療・健康関連の先進技術の業界に参入する日本の新興企業に欠けるところでは?と思った次第です。

VRをつかったリハビリテーションシステム

次号で2日目の様子と発表された機器/サービスについて改めてお話ししたいと思いますが、最後のCareWareの懇親会がとてもデンマークらしく素敵だったのでお伝えしておきます。

日本では懇親会というと立食パーティで動きながらというのが一般的ですが、こちらでは4つの会場ごとに、参加者のうちディナー希望者がテーブルについてコース料理をいただきます。美味しい食事をいただきながら3時間以上かけて懇親を深める。この国のコンセプト”Hygge(デンマーク語で「人と人とのふれあいから生まれる、温かな居心地のよい雰囲気」という意味)“をとても強く感じることのできる懇親会でした。昼間のランチやティーなども全て手作りで本当に温かさや居心地のよさを感じることができ、展示会場もいわゆる介護施設というよりは家庭的な雰囲気でした。このような空間で介護のことを考える時間を過ごせたということは、日本から来た私たちとしては、何かとても重要なメッセージを受け取ったような気がしました。次号に続きます・・・

ネットワーキング(懇親会)風景。

列車工場を改装して作ったカンファレンスセンターにて

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阿久津 靖子氏

あくつ やすこ

株式会社MTヘルスケアデザイン研究所
代表取締役・所長
一般社団法人
日本次世代型先進高齢社会研究機構 理事
Aging 2.0 Tokyo chapter ambassador

筑波大学大学院理科系修士環境科学研究科にて地域計画を学び、GKインダストリアルデザイン研究所入社。プロダクト製品開発のための基礎研究や街づくり基本計画に携わる。子育て期を終えてからは数社にて商品企画開発および研究、店舗の立ち上げ、マネジメントを行う。その後、ヘルスケアライフスタイル創造を目指す製品開発や店舗プロモーションを模索し、(株)メディシンクに参画。2012年、デザインリサーチファームとして(株)MTヘルスケアデザイン研究所設立。