医介塾まるわかり特集号 スペシャル企画

時を経て価値を生む 多職種・地域コミュニケーション

  • No.102019年8月26日発行
ATTENTIONでは、
医介塾の取り組みを紹介してきた。
そこには時とともに変化する医介塾があった。
医介塾とは何か…。
過去の取材内容に、日頃医介塾に参加して得た
実感をプラスして、あらためてレポートする。

写真/吉住 佳都子 小川 一成
構成/加藤 桂示

「飲みニケーション」がつくる
強力なネットワーク

東京・大田区で訪問診療のクリニックの事務長だった猪飼大(いかいはじめ)さん。当時、ケアマネージャー、訪問看護師、ヘルパー、訪問マッサージ、訪問入浴といった多職種との情報共有なしでは、患者への対応が円滑に進まないと痛感して いた。また、事務長として利用者を増やす方策を同じクリニックの医師と一緒に考えていた。そして、定期的に行うようになったのが、看護、介護の専門職に向けた医師による勉強会と、そういった専門職の人たちの交流を促す懇親会である。

勉強会や懇親会を重ねていくことで、地域の医療・介護に携わる専門職同士の顔の見える関係を構築していった。特に、本音で語り合うことのできる「飲みニケーション」によって、信頼関係を形成し、それが結果的に患者、利用者のためになるということを猪飼さんは実感したのである。

「利用者さんの最期の看取りをして、ご家族に感謝された時には、僕らにとっても満足感につながりましたし、(看取りにあたった多職種のチームの)信頼に基づいたこの関係性が大事だなと思いました」と猪飼さん。そして「大田区では、いつの間にかそれが当たり前になっていたのです」

その後、現在の会社を立ち上げた猪飼さんは、いろいろな病院やクリニックの医師と関わるようになって、他の地域では多職種間の信頼に基づいたこうした情報共有という状況が、実は当たり前ではないことを知ったのだ。「これでは利用者さんも私たち専門職も、みんながハッピーにはなれない」と感じた猪飼さんは、関わる病院やクリニックの医師などを説得して、杉並区で、千代田区で、というように、それぞれの地域で医療介護の交流会を立ち上げたのだ。

医介塾は、2012年6月に大田区で初めて開催された。当初は「医療介護交流会」という普通の呼び名だった。それが、「医療」と「介護」と猪飼さんの「いかい」が掛け合わされて、いつの間にか「医介塾」となった。そして、2019年7月現在、北は北海道、南は沖縄県宮古島まで、首都圏を中心に各地で行われるようになった。そして、この秋には、49カ所目の医介塾の開設が東京・吉祥寺で予定されている。

「もともと医療・介護の多職種がストレスを溜めずに明日への活力となるよう、飲み会の延長のつもりで始めたんですよ。それが、参加したいというだけでなく、医介塾をやりたいと手を挙げてくれる人が出てきたのは、自分の地域や事業にもプラスになると感じてもらえたからだと思います」

それぞれの医介塾には、塾長、副塾長がいて、自分の仕事のかたわらその運営をしている。2016年にはこうした運営をサポートするための「一般社団法人医介」が設立された。今では、各地の医介塾参加者数を合計すると、毎月1300人を超えるような状況になる。

新たに立ち上げられた医介塾での開催の挨拶で、猪飼さんはこんな話をする。

「転勤や転職で違う地域に引っ越す人がいても、移った先で医介塾に参加すれば地域包括ケアに携わる新しい仲間たちとつながることができる。つまり、全国の都道府県、どこに行っても医介塾があって、自然とネットワークをつくることができる。医介塾を、そんな場所にしたい」

地域包括ケア成功のためには、制度やシステムの改善は重要である。しかし、働き手である人たちの活力維持のためにも、何かもっと違った拠り所があってもいい。その可能性を見出すことに成功し、展開してきたのが医介塾である。

多職種・地域連携の
深化を目指したチャレンジ

「飲みニケーション」中心にゆるく人が集まる場所。そんな気安さと、「顔の見える関係をつくろうよ」という、地域包括ケアに取り組む仲間たちの強い想いが、医介塾の輪を広げてきた。

一方で、「せっかく地域で活躍する専門職が集まるのに、飲み会が中心になってしまうのはもったいない。医療と介護、いろんな職種の人たちが連携できる医介塾なのだから」。そんな想いを抱き、埼玉初となる三郷医介塾を立ち上げた医師がいる。塾長の髙橋公一さんだ。三郷生まれ三郷育ちであり、現在も三郷市の地域医療の最前線で活躍している。

髙橋さんは、三郷市全体の医療・介護に関わる人たちのスキルを底上げしたいと考え、開塾当初から積極的に勉強会を開催。さまざまな情報を共有することで、職種を超えた連携ができるように努めてきた。

三郷医介塾の勉強会のテーマは多岐に渡る。口腔内ケア、おむつをはずすという自立支援の取り組み、葬儀会社の看取士によるグリーフケア(遺族のケア)、エンゼルメイク(死化粧)など実に様々なテーマが取り上げられている。

「例えば医療職である私たちは、患者さんを看取るまでが仕事。 患者さんが亡くなった後、ご家族と関わることはほとんどありません。 患者さん本人とご家族にとって、いい看取りとはどのようなものか。そのためには、日頃からどのようなケアをしなければならないのか。職種を超えた人が集う医介塾だからこそ、こうした情報も 共有できるのです」と髙橋さんは語る。

また、勉強会では地域の現場で身近にある成功事例を発表できるように心掛けているという。「素晴らしい現場の取り組みを知ることで、参加した人たちの意識も変わります。もちろん職種を超えた連携が現場でできることで、コミュニケーションも一層円滑になります」とそのメリットを話す。

今後も、様々な職種間で地域に根ざした情報を共有しながら、それぞれのスキルを高めていきたいと考えている髙橋さん。「地域で暮らす患者さん、利用者さんを幸せにするために、医療職や介護職である私たちにできることは何か。そういったことを日々考えられるような人材を増やすためにも、三郷医介塾では素晴らしい施設やスキルを持っている人の取り組みを掘り起こし、紹介できる場にしていきたい」髙橋さんのチャレンジは続く。

第2回埼玉合同医介塾

2018年10月20日第2回埼玉合同医介塾

時を経て価値を生む
つながりと関係性

医介塾とは何か。各地で開催されるようになった医介塾について 一言で語ることは難しい。懇親会メイン、セミナー&交流会、施設に出向いての勉強会、業界のトップリーダーを招いての座談会。医介塾は、地域によってさまざまな形態で開催されるようになった。 それぞれの医介塾が、それぞれの地域で自主的な運営を展開しているわけである。それは、一般社団法人医介が、医介塾の後方支援の立場を堅持していることにほかならない。

2018年10月20日第2回埼玉合同医介塾

医介塾にはさまざまな職種の人が参加している。リハビリ職には、PT(理学療法士)、OT(作業療法士)、ST(言語聴覚士)という国家資格があるが、それぞれが現場でどのような仕事をしているのかということを理解する機会は意外と少ないものである。そういったことでも、医介塾を通して知ったり、直接話をして理解したりする機会を得ることができる。医療機器についても多種多様で、医療従事者以外が実際に使うことはめったにない。医療従事者以外の人に、様々な種類の医療機器の知識を得たり、実際に使ってみたりする機会を提供することも、多職種が参加し情報共有することを目的とする医介塾だからこそ実現したことなのではないだろか。

また、医介塾の参加者の中には、弁護士、税理士、司法書士などの、いわゆる「士業」種の人もいる。なるほど相続や後見人制度など、高齢者問題にはさまざまな専門家が必要である。葬儀会社や納棺師もいる。がんになる人が多い時代だから、確かにウィッグ(かつら)の会社の人が参加していても不思議ではない。ある医介塾では、医療機関専門の私立探偵に出会った。この時はさすがに誰もが興味津々、質問攻めにあっていたのが印象的だった。

地域包括ケアに決まったカタチがないように(あるいは、あってはいけないように)、医介塾も地域によって特色が異なる。また、医介塾に参加してわかることは、医療・介護の業界とその周辺には本当に色々な仕事があるということである。閉鎖的あるいは敷居が高いと言われることもあるこの業界は、中に入れば全くちがった景色が見える。逆を言えば、医療・介護に携わる人たちはもっと外の世界を見なければいけないのかもしれない。

医介塾の参加者が気づくことの一つは、「多くの選択肢を持つ」ことの大切さである。地域ごとに異なる地域包括ケアのカタチを柔軟に受け止め、患者、利用者に様々な選択肢を提示する。顔の見える関係、多くのつながり、そういったことが時を経て価値を生み、患者、利用者の生活を支えるために役立つことを、医介塾に参加し続ける人たちは知っているのだ。

第1回医介塾総会 2016年11月26日開催

第1回医介塾総会は一般社団法人医介の設立記念大会を兼ねて行われた。来賓挨拶では、大田区福祉部長の中原賢一さんが「人のつながりは地域の財産」と医介塾への期待について語った。医療法人至髙会の髙瀬義昌さんは「医療と介護とは顔の見える関係であってほしい」として、医介塾の活動を応援する言葉を述べた。特別講演では、慶應義塾大学名誉教授(当時)の田中滋さんが、「自助、互助、共助、公助を組み合わせて地域社会をどうつくるか」について熱く語った。医介塾のメンバーが全国各地から総勢300名参加して、盛況の開催であった。

第1回埼玉合同医介塾 2017年10月14日開催

埼玉県内では5カ所(当時)で開かれるようになった医介塾。5つの医介塾が「地域を支える多職種のつながり」の必要性を発信するために、埼玉合同医介塾が開催された。医療介護職を中心に総勢100名が集まった。埼玉の各医介塾の活動報告をはじめ、特別講演では、医療法人社団焔(ほむら)やまと診療所院長の安井祐さんが「最期まで家で生きる、を支える」のテーマで自院の取り組みについて解説した。「特に首都圏の場合、高齢者が増えることで死亡者数も増加していく。これにどう対応していくか。最期は自宅がいいと考えている人たちのために、看取りのできる在宅診療所がさらに必要だ」と強く訴えた。

第2回医介塾総会 2018年3月31日開催

医介塾の発祥の地である東京・大田区で開催された第2回医介塾総会には、医療・介護の専門職のほかにも、行政担当者や高齢者に関わる事業者など、総勢300名が集まった。「あなたが選ぶ最期の場所は?」と題したシンポジウムでは、在宅、病院、施設、それぞれの「看取り」をテーマに、立場の異なる専門家による熱い議論が展開された。「本人や家族の気持ちに寄り添うこと」「医療職と介護職が連携することで、本人も家族も安心して最期の場所を選択できること」「自己決定できない高齢者の命を支えるためにも多職種連携が必要であること」など、さまざまな意見が交換された。そして、さらなるディスカッションの継続の提案があった。

第2回埼玉合同医介塾 2018年10月20日開催

埼玉で生まれ育ったフリーアナウンサーの町亞聖さんが介護職、一般の参加者の前で、自身の18歳から10年以上にわたる介護経験を講演。自宅で母親を介護する様子をさまざまなエピソードとともに、ご家族の笑顔にあふれる写真を交えて紹介。町亞聖式「発想の転換」、「仕事と介護が両立できる3つの秘訣」などは、介護者の気持ちを前向きにさせる、熱い思いにあふれていた。グループディスカッションでは、退院時の連携や在宅での終末期についての話し合いが行われ、町さんも「介護に正解はない。それぞれの専門職が、本人と家族に寄り添うことが大切」とアドバイス。町さんの、介護に携わる人たちへの温かいエールに、会場が包まれていた。