そこまでやるか!在宅医療 第1回

“爪切り医者”の在宅往診

  • No.62018年3月5日発行
高齢者の生活を支えるために、さまざまな知恵やノウハウを必要とする在宅医療。新シリーズでは、医師の髙橋先生が、看護師や介護士の皆さんにも役立つ事例を紹介していきます。第1回、さて、どんな話が飛び出してくるのか。
「爪切り医者」という言葉があります。

在宅往診に限らず、高齢者の爪のトラブルは、とても身近で、頻繁に遭遇する疾患のひとつです。変形した爪を切る場合は、かなり力がいるし、だいたい爪切りの歯と歯の間に爪が入りません。そうした爪の多くは水虫でボロボロですので、「切る」というより「崩す」というような状態になります。一般の爪切りが入らないので、ニッパー型の爪切りを使用するのですが、爪の形によっては、爪切りの歯で皮膚を傷つけ出血することもあります。そのため介護士さんは爪を切ることをとても嫌がります。ケガをさせそうで怖いと言うのです。そうなると「爪切り医者」の出番です。

下の写真は、定期的に往診させていただいている施設の入居者で、86歳の女性のもの。右第1趾(右足の親指)に痛みを訴えました。水虫で変形した爪を段差に引っかけてしまい、はがれかかってしまったのです。

さらに、そこに細菌が感染して、趾先(ゆびさき)が赤くはれてしまいました。蜂窩織炎(ほうかしきえん)です。私はすぐに趾の付け根にブロック注射をして痛みをなくし、爪を根元から切除しました。出血はほとんどありませんでした。切除した爪の下にはすでに新しい爪があり、「これなら元通りに生えてくる」と判断しました。毎日の傷の処置は施設の看護師さんにお願いしました。ただし、消“毒”薬は、傷が治るのには“毒”になるので使用しません。水道水で表面を洗い、抗生剤を含む軟膏を塗って絆創膏を毎日交換します。入浴も可能です。私が1週間後に診察をすると、赤みは消え痛みはなく、すでに爪が伸びて、患者さんは歩いていました。あとは爪が趾先まで伸びるのを待つだけです。往診先での処置は、素早い判断と連携が重要です。この利用者さんも、すぐに爪が切除されたことと、施設で処置を継続してくれたおかげで、生活を維持したまま傷を治すことができました。傷を治すことが得意ではない往診医であれば、病院の皮膚科に患者を紹介。場合によっては、そのまま入院。後日、手術なんてことになりかねません。

施設での治療の限界を担当医が設けてはいけないと思います。診療所でできる医療行為なら往診先でも行うことが、今の在宅医に求められています。

髙橋 公一氏

たかはし こういち

医療法人 高栄会 みさと中央クリニック 理事長 医学博士

人呼んで「くだもの」のお医者さん。ポータルのエコーやレントゲン、内視鏡などの医療機器を持参して往診。胃ろう、気管切開チューブ、尿道バルーンといった「くだもの(管物)」の交換を患者さんのベッドサイドで行う。同時にそのトラブルにも対応。褥瘡治療、陥入爪、痔核なども往診にて処置・加療する。またNST(Neutrition support team)経験も豊富で、往診先でも栄養指導を取り入れた回診をしている。ポリファーマシー対策にも力を入れている。