ヘルスサービスリサーチの視点から 幸福なケアについて考えよう

地域包括ケアシステムを支える 新たな指標づくり

  • No.72018年5月31日発行
私のバックグラウンドは理学療法士というリハビリテーションの専門職です。 臨床家としても週に一度、訪問でのリハビリテーション業務に従事しています。
田宮教授からスタートして、シリーズ第5回。ヘルスサービスリサーチ研究室での、私の取り組みを紹介します。

「ヘルスサービスリサーチ」と いう分野があることすら知らなかった私は、オープンキャンパスで田宮教授に出会い、「これは面白そうだ!」と直感。筑波大学に入学することを決めました。「今まで見えていなかった実態にデータで光を当てる」という、田宮教授の言葉に共感したことを思い出します。

近年、介護予防という言葉が盛んに聞かれます。「介護を必要とせずに生活する」ことが望ましいのは言うまでもありませんが、私自身は「介護が必要となってもより良く生活する」ということも同じように重要だと考えています。介護が必要となった方やそのご家族を、臨床と研究の双方の立場から手助けできるよう、現在は研究に重きを置いて活動しています。

介護が必要な高齢者が大幅に増えることが予想される2025年に向けて、介護が必要となっても可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続ける、ということを目的とした「地域包括ケアシステム」。主に市区町村がその構築を担うとされていますが、進捗状況や内容について評価する具体的な指標が少ないのが実情です。そこで我々の研究室では、地域包括ケアシステムの目的そのものである「住み慣れた地域で暮らす」ことが、どの程度できているかを測ることがまず重要であると考えました。そこで、市区町村の指標として「要介護4または5の高齢者が在宅で生活した日数(以下、在宅日数)」を算出しました。この在宅日数は、施設に入所する可能性もあるような重い介護が必要な方々が、介護保険サービスやご家族等の支援を受けて自宅で生活した期間を示しています。算出には、全国の介護保険サービスの利用が記録されている「全国介護レセプト」を用いました。

本研究では、この在宅日数を用いて、「在宅ゼロ者割合」(施設か病院のみで生活した人の割合)と、「平均在宅日数」(自宅で生活した人が、どれだけ長く自宅で過ごしたか)をそれぞれ算出。そして、これらには都道府県によって差異があることを明らかにしました(グラフ)。グラフの縦軸は「平均在宅日数」を示しており、最大値は沖縄県 (476・5日)、最小値は長崎県 (296・8日) でした。横軸は「在宅ゼロ者割合」を示しており、最大値は高知県 (49・1%) 、最小値は滋賀県 (25・7%) でした。また、秋田県はグラフの左下部に位置していることから、「在宅ゼロ者割合」が小さく、重度の介護を必要とする高齢者が他の都道府県よりも多く自宅で生活できていることが分かります。その一方で「平均在宅日数」は比較的小さいため、重度の介護が必要な高齢者がより長く自宅で生活できるような施策が求められている可能性があります。

出典:
「地域包括ケアシステムの評価指標としての在宅期間—8年間の全国介護
レセプトデータによる検討—(植嶋大晃、高橋秀人、野口晴子、川村顕、松本吉央、森山葉子、田宮菜奈子)」(厚生の指標 第64巻第15号15頁 2017年12月)より改変(出版元である厚生労働統計協会より許諾を得て転載)

地域包括ケアシステムを実現するためには、市区町村が現状を把握し、実態に応じた政策を実施する必要があります。本研究において算出した「在宅ゼロ者割合」と「平均在宅日数」という2つの指標を組み合わせて 用いることで、市区町村の地域包括ケアシステムに関する現状を多面的に把握できます。今後は、どのような介護サービスが「在宅日数」に関連するのかに ついて分析を行い、市区町村が地域包括ケアシステム構築を 進めていくときに、有効に活用できる指標となるよう、研究を進めていきたいと考えています。

また、家族介護者に焦点を当てた研究も行っています。これは、厚生労働省が行っている、国民生活についての全国的な調査である「国民生活基礎調査」を用いたものです。本研究から、家族介護者の長時間の介護に関連する日常生活の動作は、介護を受ける方の性別によって異なり、男性と女性では必要とされる支援が異なることが明らかになりました。

先に紹介したように、目の前の患者さんや利用者さんだけでなく、医療および介護のサービスや、家族を初めとする周囲の環境、さらに地域にまで視点を広げて研究を行っています。これまで見過ごされてきたものに焦点を当てることが、ヘルスサービスリサーチの意義であり魅力です。地域を俯瞰的な視点で捉えるためには大規模なデータを扱う必要があり、そのためには専門的な知識と技術が必要です。したがって学ぶべきことは多くなりますが、日々勉強しながら取り組んでいます。研究室ではそれぞれの研究について議論し、厳しくもためになるアドバイスをいただいています。また、桜の咲く季節にはみんなでお花見をするなど、良い雰囲気の中で研究をさせていただいているなと感じます。

当研究室では、2ヵ月に一度、筑波大学の東京キャンパスでセミナーを開催しています。セミナーの詳細な情報はホームページに 記載しておりますので、ご興味があればぜひお越し下さい!

研究室のみんなでお花見

植嶋 大晃氏

うえしま ひろあき

筑波大学人間総合科学研究科
ヒューマン・ケア科学専攻
ヘルスサービスリサーチ分野 博士課程
ローズ訪問看護ステーション 理学療法士(非常勤)

2015年慶應義塾大学医学研究科卒業。
2016年筑波大学人間総合科学研究科に入学。
田宮菜奈子教授に師事し、博士号取得に向けて目下勉強中。
理学療法士として訪問リハビリテーションにも従事している。