地域包括ケア最前線

慢性期リハビリは「街」が担う
- 脳リハビリ医の街づくり-

  • 創刊号2016年9月15日発行

「初台ヘルシーロード」をはじめいくつもの事業をリードしてきた酒向正春医師に、ケアの視点からの街づくりについてうかがった。

「人間力の回復」を 目指すリハビリ

酒向正春医師は、「地域包括ケア」という言葉を使わない。目指すのは、さらに概念の広い「健康医療福祉都市構想」だ。その意図は「人間力を回復できる社会をつくること」にある。 「地域包括ケアは、医療・福祉の観点に限られて解釈されています。私たちがつくりたいのは、医療・福祉に加え、人間力を回復し、それを継続できる”街“なのです」

そもそも「人間力の回復」とはどういうことか。それを知るには、脳神経外科医からリハビリ専門医に転身した、酒向医師の歩んできた道を振り返ることが早道だろう。

脳神経外科医として多くの手術をこなしていた酒向医師に突きつけられたのは、腫瘍は取り除き、血管は治しても、患者さんには後遺症が残るという厳しい事実だった。「病気だけ診る医療じゃなくて、人間を治療する医療が必要」(著書より)という思いが募り、40代で脳リハビリ医に転向。東京都渋谷区の初台リハビリテーション病院、次いで世田谷記念病院で、脳神経外科医ならではの画像診断の技術を活かし、科学的な予後予測に基づく”攻めのリハビリ“を実践してきた。その人が、その人らしく生きられる能力を取り戻す―――それが酒向医師の言う「人間力の回復」なのだ。

さて、せっかく人間力を回復して退院しても、それを維持できるかどうかは慢性期の暮らし方にかかっている、と酒向医師は指摘する。

161014009「慢性期のリハビリも病院でするものと勘違いされることが多いのですが、それは本来、毎日の生活の中でしなくてはいけないものです。病院の外来リハビリは、現在のリハビリがうまくいっているかどうかを判断して、指導するのが役目。基本的には医療ではなく、街全体で担うものと考えています。人が集まる道に出て、コミュニケーションを取ることができれば状態は良くなるはずです」(酒向医師)

ただ訓練のためだけに歩くのではなく、景観や人とのおしゃべり、買い物やイベントを楽しみながら社会参加する―――「街(タウン)リハ」は残された能力を維持し、長期的にはそれを少しでも高めていくことができる良いリハビリになる。

酒向医師のこうした発想の原点は、デンマーク時代の体験にある。 「北欧はよく高医療、高福祉国だといわれますが、実際はそうではありません。医療レベルは日本の方が上。福祉のレベルは日本ではさまざまですが、北欧では総じてその中程度です。街路もバリアフリーではなく、石畳だし、段差もある。障がいのある方が街に出ると、車いすは止まってしまいます。すると、どこからともなく人がさっと4~5人集まってきて問題を解決し、終わると何事もなかったかのように去っていく。それがもう当たり前のこととして根づいているのです。文化の異なる日本で全く同じようにするのは難しくても、ハンディキャップのある方が家に閉じこもらずに街に出て来ることができる社会にしたい、という思いが湧きました。それを超高齢社会である日本から世界に発信したい」