ヘルスサービスリサーチの視点から幸福なケアについて考えよう

質の高いサービス提供のために、 働く現場の幸福度を高めたい!

  • No.52017年12月1日発行
みなさん、こんにちは。
前2回の執筆者である田宮菜奈子先生からバトンタッチ。
人とコミュニケーションに着目して本コーナーの執筆を担当します。

ヘルスサービス リサーチとは

ストラクチャー(構造)、プロセス(過程)、アウトカム(成果)の3概念を基本に、現場のデータ・国や地方自治体の調査データなどを活用して、保健医療福祉に関するサービスの質を科学的に評価、分析する研究。医学・経済学・社会学などの学際的な視点からも考察する。

「チームメンバーの幸福度が高ければ、そのチームの生産性は高い。したがって、もっとも重要なのは、いかにチームメンバーの幸福度を高めるかである」。これはここ数年の私の持論です。チームとは、職場、家庭、地域、趣味の集まりなど大小を問わず身の回りにあるあらゆる種類の集まりを含みます。ヘルスサービスリサーチというと、制度やシステムの質の評価と改善ですが、それらの制度やシステムを運用しているのは人です。私はヘルスサービスに関わる人達の幸福度とヘルスサービスの質の相関について興味を持っています。田宮菜奈子先生と私は大学時代の同級生です。田宮先生が選んだ卒業後の道は、医学部の卒業生としては少数派ですが、私のこれまでのキャリアも結構変わり種といえるでしょう。私は、筑波大学医学專門学群を卒業後、千葉大学病院の小児科に入局し、小児科医としてスタートしました。大学病院の医局でしたので、3年目から研究テーマをもらい、臨床の傍ら、免疫・アレルギーに関する研究もはじめました。自分でも意外なことに、私はすっかり研究に魅せられ、10年後に意を決して小児科医を辞めて免疫・アレルギーの基礎研究者になりました。仕事の場も、関東から長崎に移りました。以後、約18年、自分で解決すべき課題を見つけ、仮説を立て、実験によって仮説を検証し、発表して批評を受けるという毎日は、私には刺激的でワクワクするものでした。ただ、研究は通常一人で行うものではなく、チームで進めていくものです。また、研究を継続していくには、主体的に行動するモチベーションが不可欠です。一緒に研究を進めていく人がみな高いモチベーションを保ち、ワクワクしながら夢中になって研究を進めていくためにはどうしたらいいのか、研究を楽しみながらも、次第にそういうことが大きなテーマとなりました。加えて、医学部の学生への教育も重要な仕事の一つとなり、地味な基礎研究の楽しさ、素晴らしさを学生たちにどう伝えたらいいだろうということも考えるようになりました。

そんなときに自分も相手も大切にするコミュニケーションであるアサーティブ、自分の強みの資質を知るストレングス、それを活かしきるためのコーチングという言葉と出会いました。ちょうど2008年から2010年にかけてでしょうか。自分の気持ちは後回しにして、相手の気持を慮ることを美徳として教えられ、強みを自覚する機会もないまま弱点を補う努力を良しとする教育を受けてきたことに、今更ながら愕然としました。

本を頼りに独学で勉強し、それを研究室内や学生とのやり取りの中で試行する、研究と並行して、別のワクワクとする毎日が始まりました。それは取りも直さず、相手に変化を求めるのではなく、自分自身の相手に対する向き合い方を基本から変えてみるということでもありました。改善点より優れた点に着目すること、答えは相手の中にあることを信じ待つこと、相手を理解し耳を傾けること、これらを心がけるだけで相手とのコミュニケーションが良好になり、皆が生き生きとしてくるのを感じました。そこで、アサーティブ・トレーナーになるために、約一年に渡って勉強を重ねました。そして遂には、強みの資質を知るウェブツールとコーチングの開発を行ったギャラップ社のストレングス・コーチ取得のためのコースに、夏休みを返上して参加しました。研究や大学の外のコミュニティの知り合いもたくさんでき、私の中に多様な価値観、視点をもつ世界ができあがりました。それらの中で、冒頭の持論にたどり着きました。

2016年末に基礎研究者としての生活に終止符を打ち、大学を退職して独立、フリーランスとして新しい人生を始めました。医師であることに加え、ストレングス・コーチ、アサーティブ・トレーナーという資格を活かし、企業や個人向けに「ストレスを溜めないコミュニケーション」「自分の強みを知って貢献する」ための研修などを行っています。と同時に、介護・看護の分野でアサーティブやストレングスを導入し、一人ひとりの幸福度と仕事に対するエンゲージメント、サービスの質の変化を研究するため、筑波大学医学医療系ヘルスサービスリサーチ分野の田宮先生とともに新しい歩みを始めたところです。私の幸福度は年々上昇しています。と同時に、私の人生に対するエンゲージメントも高まっています。

長崎大学で基礎研究をしていた頃の大学院実習の様子

本間 季里氏

ほんま きり

筑波大学医学医療系 客員教授
医師・医学博士・日本医師会認定産業医・NPO法人アサーティブジャパントレーナー・Gallup社認定ストレングス・コーチ

1986年筑波大学医学專門学群卒業。臨床医・基礎研究者として働く中で、個人の強みを活かしチームとしての高い生産性を維持するために、自他尊重のコミュニケーションであるアサーティブや、コーチングの重要性を学ぶ。2017年に独立し、産業医としてメンタルヘルスに関わるほか、医療・介護分野や働く女性を対象とした研修、幸福度と仕事や組織に対するエンゲージメントの関係を研究している。