地域包括ケア最前線

患者と家族を丸ごと包む 「地域にとろける医療」のために

  • No.62018年3月5日発行
訪問診療医として地域の高齢者を支えながら、講演活動や認知症への啓発活動などを積極的に行う髙瀬義昌さん。「たかせクリニック」開業までの経緯と在宅医療の現場の実態から、地域包括ケアの未来の姿を探る。

取材・文/富田 チヤコ 写真/吉住 佳都子

在宅医療は、
ソリューションビジネス

高齢者が住み慣れた地域で最期まで生き切るためには、さまざまな職種との連携、そして住民同士の支え合いが欠かせない。地域に暮らす高齢者、特に認知症の患者と家族に寄り添う地域医療を行っているのが、2004年に開業した「たかせクリニック」だ。大田区を中心とした在宅療養支援診療所として、24時間体制で往診や訪問看護を実施する。

「在宅医療は、ソリューションビジネスともいえます。患者さんの困っていることを、解決するのが仕事なんだから」

にこやかに髙瀬さんは話すが、訪問する患者の平均年齢は84歳。約400人の患者の中には、102歳の高齢者もいる。髙瀬さんは認知症患者の自宅を訪問して診察をするほか、認知症のため判断能力が低下して「お金の管理」などのサポートが必要な患者には、助っ人として弁護士や税理士他をお願いするなど、さまざまな職種の人たちとともに家族の生活を支えている。

ちなみに大田区には、通称「みま〜も」と呼ばれる「おおた高齢者見守りネットワーク」がある。日常のつながりのなかで、高齢者の異変を察知し、地域包括支援センターにいる専門職につなげる体制をとる、独自のネットワークだ。もちろん、他の専門職につなげる髙瀬さんの活動も、地域で見守るネットワークの一つ。こうした現場での気づきをつなげていくことが孤独な介護を防ぎ、さらには患者の早期発見、早期治療にも結びついていく。

また、髙瀬さんは地域に根ざした医療を行う一方で、認知症の啓発活動を広げるNPO法人オレンジアクトを主宰。在宅医療現場の実態を伝えるために、大学病院に勤務する医療職をはじめ、在宅医療を現場で支える専門職への講演なども積極的に行っている。

田園調布のような「高級住宅街」と、蒲田のような「工場の街」という2つの顔を持つ大田区。在宅介護の環境もさまざまだ

「お前のような者が、医者にならなくてはいけない」。髙瀬さんは高校教師の言葉に導かれて医師を志す

家族療法から、
地域包括ケアの重要性に着目

医学部を卒業後、麻酔科医として勤務するうちに、組織マネジメントの重要性に気づくようになる。また患者を含めた家族全体を見る「家族療法」が、患者の症状の改善につながると考えるようになり、小児科の道へと進むようになった。ちなみに「家族療法」は、患児と家族との人間関係をにらみながら病因を探り、診断と治療を進めていくものだ。実は、患児と家族のカウンセリングからはじまる小児科の場合、患児を診察することは、家族全体の診察にもつながっている。

例えば、喘息で不登校になった患児の場合。患児の両親は酒好きで、父親も母親もそれぞれが毎晩違う飲み屋を飲み歩いていた。家庭崩壊、育児放棄とも言えるような環境だが、その両親に対して「週1回、夫婦で一緒に飲みに行ってください」というユニークな処方箋を出したところ、子供の喘息がピタリと止んだという。夫婦のコミュニケーションの改善が子供とのコミュニケーションの改善にもつながり、それはやがて、子供の症状の改善にもつながっていった。「家族療法」が成功した「症例」の一つだ。

また患者と向き合う在宅医療には、患者・家族の生活を、医療・看護・介護・福祉の面から包括的に支える家庭医(プライマリ・ケア医)が、欠かせないことにも着目した。

「家庭医学と家族療法を組み合わせることで、地域医療のパフォーマンスが上がる。一人ひとりの医者のパフォーマンスが高ければ高いほど、地域にとっては最もいい結果を生む」
1980年代後半、日本全体がバブル経済に浮き足立っていた時期から「家族療法」と「家庭医」の存在に目を向け、医療者とともに連携した、現在のような地域包括ケアシステムの時代を予感していた髙瀬さん。現在のクリニックの姿は、この頃からイメージされていた。

仲間の力でバックベッド
問題を解決し、開業へ

クリニックの場所は、初めから大田区に決めていたわけではない。実は、髙瀬さんの出身中学・高校は、東京・港区にある麻布学園だ。大田区でクリニックを開業するにあたっては、麻布時代の仲間の存在が大きかったという。
「たまたま大田区の近くにある病院に、仲間がいっぱいいて。在宅の患者に何かあった時は、電話一本で入院について相談ができる。病院とこうしたキャッチボールができるから、大田区で開業しようと思った」と話す。盤石な地域医療にするために不可欠な、バックベッドの問題。髙瀬さんを慕う仲間たちとの強い結びつきが、地域医療を支えている。
ちなみに麻布時代の同級生には、厚生労働省在籍の時に、介護保険の創設に深く関わった香取照幸さん、地域に根ざした医療を行っている千葉・鴨川市にある亀田総合病院の亀田信介院長、亀田クリニックの亀田省吾院長、戸田中央医科グループの横川秀男副会長などがいるという。この国の高齢者問題の最前線を担う、名だたる顔ぶれには驚くばかりだ。

いい看取りの
デザインをするために

「在宅医療は、『いい日旅立ち』の支援でね。あとは『事件は現場で起きている』からこそ、医療技術だけではなく、患者家族の意見をまとめてネットワークにつなげる能力が必要なんですよ」
ある講演会でも、ダジャレ混じりに地域医療について話す髙瀬さんの姿がそこにあった。会場にいるのは、医師や在宅の現場を支える専門職100名。
クリニックの患者で最も多い疾患は、認知症だ。実はクリニックを開業してしばらく経った頃、薬を飲み忘れている方がむしろ調子がいい患者がいることから、髙瀬さんは薬の多剤併用による弊害に気づいた。例えばレビー小体型認知症の患者の場合。寝たきり状態だった患者が、減薬をした結果、自分の力でベッドから起き上がれるようになり、台所まで歩けるようになった症例もあったという。
「神経内科医に向かって、心の中で『ごめんなさい』と謝りながら薬を減らしました」と、今は笑って髙瀬さんは話すが、薬の多剤併用から脱却するためには、正しい薬の使い方を知る医師と薬剤師との連携が不可欠だ。聴講する人の心を掴んで離さない絶妙なトークの裏にあるのは、共通の魂でソリューションにぶつかっていく仲間を増やしたいという強い信念である。そうした信念を持つのは、増え続ける医療費の問題や認知症への対応が、もはや喫緊の課題であることを誰よりも知っているからだろう。
「在宅医療なんて、地域でバンド活動をやっているようなもの。いい看取りができると、患者さんはもちろん、関わった医師、看護師、介護士、ケアマネジャー、みんながすがすがしい気持ちになる。それこそが、在宅医療のゴールです」。この日も、専門職に向かって熱く語る姿があったのが印象的だ。

地域にとろける
医療のために

「認知症の患者さんだって、本当は症状が良くなったら、クリニックの訪問診療を卒業したっていい。そのためには、本人もご家族も地域で暮らしていくための環境づくりが必要。そのための、オレンジアクトの活動であり、『みまーも』とのつながりです」と、これからの地域医療のあるべき姿を話す髙瀬さん。
職種を越え、地域で連携することの意義は理解していても、うまく連携できるとは限らない。
「医療や介護の専門職の人たちはプロだから、すぐに自分の考え方に合わせて相手のことを変えようとする。でも人を変える前に、まず自分が変わらないと。すれちがった人に笑顔で挨拶するだけでも、変わってくるから」と、髙瀬さんは笑顔で話す。
クリニックが目指すのは「地域にとけ込む医療」のさらに先を行く、患者と家族をやさしく包み込むような「地域にとろける医療」だ。一人の人間として患者と 家族と真正面から向き合う医師の姿は、地域という枠をはるかに超え、この国の医療のあるべき姿を、いつも見つめている。

イベント当日は、製薬会社に勤務する人もプロボノ(スキルボランティア)で参加。さまざまな職種が、こうした活動を支える

NPO法人オレンジアクトは、認知症に早期対応や備える努力を啓発するボランティア団体だ。大田区や区内にある地域包括支援センターと連携しながら、認知症にやさしいまちづくりに向けたイベントや啓発活動を実施。認知症チェックを行うことができる無料アプリの配信なども行う。
2018年1月に大田区で開催された「認知症への備えを考えるシンポジウム」では、さまざまな職種の人たちと一緒に、認知症への理解を広げるためのワークショップなどを行った。

大田区福祉部長である中原賢一さんによる講演。 大田区の認知症対策の現状を話す

認知症への理解を広げるために何ができるのか。髙瀬さんも参加者とワークを通じて、意見交換を行う

▼参考文献
1:「医療を変えるのは誰か?医師たちの選択」髙瀬義昌編著(はる書房)
2:「認知症の家族を支える ケアと薬の「最適化」が症状を改善する」髙瀬義昌著(集英社新書)
3:「家族療法入門 システムズ・アプローチの理論と実際」遊佐安一郎著(星和書店)

 

取材協力/
医療法人社団 至髙会 たかせクリニック
〒146-0092
東京都大田区下丸子1-16-6-1F
TEL:03-5732-2525
FAX:03-5732-2526

髙瀬 義昌氏

たかせ よしまさ

1956年生まれ。医療法人社団至髙会たかせクリニック理事長。医学博士。信州大学卒業。東京医科大学大学院修了。麻酔科、小児科を経て、2004年に「たかせクリニック」を開業する。
日本プライマリ・ケア連合学会認定医、老年精神医学会専門医。

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