医介塾特集 Special Report

飲みニケーションが 生み出す強いネットワーク

  • No.42017年8月25日発行
北は北海道札幌、南は沖縄県宮古島。
今、全国にその輪が広がろうとしている。
医介塾とは何か、その魅力とは。
取材・文/編集長 加藤 桂示
2017年7月3日開設
埼玉西部医介塾 塾長
谷津 真輝さん(介護支援専門員)
「顔が見える関係をつくるだけでなく、分かり合える、
語り合える、楽しめる場所にしていきたい」

東京都大田区で訪問診療を中心に行っているクリニックの事務長だった猪飼大(いかいはじめ)さん。当時、患者に対して、ケアマネージャー、訪問看護師、ヘルパーといった多職種との情報共有なしでは物事が円滑にすすまないと痛感していた。また、事務長として利用者を増やす方策を同じクリニックの医師と一緒に考えていた。そして、定期的に行うようになったのが、看護、介護の専門職に向けた医師による勉強会と、そういった専門職の人たちの交流を促すための懇親会である。

 

勉強会や懇親会を重ねていくことで、地域の医療・介護に携わる専門職同士の顔の見える関係を構築していった。特に、本音で語り合うことのできる「飲みニケーション」によって、信頼関係を形成し、それが結果的に患者、利用者のためになるということを猪飼さんは実感したのだ。「利用者さんの最期の看取りをして、ご家族に感謝された時には、僕らにとっても満足感につながりましたし、(看取りにあたった多職種のチームの)信頼にもとづいたこの関係性が大事だなと思いました」、そして「大田区では、いつの間にかそれが当たり前になっていたのです」と猪飼さんは言う。
その後、現在の会社を立ち上げた猪飼さんは、いろいろな病院の医師と関わるようになって、他の地域ではこうした状況は実は当たり前ではないことを知った。そして「これはいけない」と感じたのだ。それから、関わる病院の医師などを説得して、杉並区で、千代田区で、というように、それぞれの地域で医療介護の交流会を立ち上げたのだ。

医介塾は、2 0 1 2 年6月に大田区で初めて開催された。当初は「医療介護交流会」という普通の呼び名だったのが、「医療」と「介護」と猪飼さんの「いかい」が掛け合わされ、いつの間にか「医介塾」となった。そして2017年7月現在、北は北海道札幌、南は沖縄県宮古島と、31カ所で行われるようになった。毎月、各地の医介塾に参加する人は、合計で1200人ほどになる。各地の医介塾には、塾長と副塾長がいて、自分の仕事のかたわらその運営をしている。昨年には、こうした運営をサポートするための「一般社団法人医介」が設立された。

「目標は、すべての都道府県に医介塾ができて、転勤や転職などで誰がどの地域に移っても、その地域の医介塾に参加すれば自然とネットワークがつくれるような、そんな場所にしたい」と猪飼さん。「飲みニケーション」中心にゆるく人が集まる場所。そんな気安さと、「顔の見える関係をつくろうよ」という地域包括ケアに取り組む仲間たちの強い想いが、今後の医介塾の展開をさらに加速させるのではないだろうか。

2017年6月8日開設
札幌医介塾 塾長 大崎 博さん(介護支援専門員・社会福祉士)
「皆さんが困っていること、成功した体験談やノウハウを会場の 中でお互いに話し合える雰囲気でこの会をすすめていきたい」

高齢者住宅フェアシンポジウム

2017年7月18日、19日に開催された高齢者住宅フェア(主催:高齢者住宅新聞社)
ビズフェス会場にて、初日に行われた医介塾によるシンポジウム

 

医介塾 総塾長
(社)医介 代表理事
猪飼 大さん
「『敷居が高いのでは』とよく言われるのですが、本当にゆるく人が集まる場所。医介塾ってこんな感じ、というのは多分参加していただければわかると思います」

 

(社)医介 理事
小澤 朋和さん
(歯科医院事務長)
「勉強会と飲み会だけでなく、花見やゴルフなど各塾でいろいろやっています。医介塾に参加してみたいけどどうしたらいいの、という人はホームページを見てください

 

北区医介塾 塾長
張原 正義さん
(訪問鍼灸・マッサージ治療院)
「生まれも育ちも東京都北区。地域に馴染みがあるので、二つ返事で塾長を引き受けさせていただいた。今後は専門職の方だけでなく、一般市民の方に向けた勉強会も開きたい」

 

 

新宿医介塾 塾長
柴山 宜也さん(訪問看護師)
「医介塾に関わる人たちとの連携で、困っている利用者さんを救うことができたのは嬉しかった。こうしたコミュニティをつくることができ、新宿医介塾をやってよかった」

 

蓮田医介塾 塾長
田口 仁さん
(クリニック事務長)
「介護が必要になった時、『選択肢』を知らない人が多い。地域の方にも協力してもらって勉強会と交流会を行い、生まれ育った埼玉・蓮田のまちを、もっと活性化させたい」